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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)387号 判決 1985年12月20日

第一事件原告 浅見掌吉

第二事件被告 佐久間明

右第一事件原告、第二事件被告訴訟代理人弁護士 榎本孝芳

同 南出行生

第一事件被告 富士自動車交通株式会社

右代表者代表取締役 小栗義熙

第二事件原告 ニュー富士開発株式会社

右代表者代表取締役 柿木篤

右第一事件被告、第二事件原告訴訟代理人弁護士 多賀健次郎

同 武田仁宏

第二事件被告 奥多摩農業協同組合

右代表者理事 木村利男

右訴訟代理人弁護士 石井文雄

主文

一  第一事件原告の請求を棄却する。

二  第二事件被告佐久間明は、第二事件原告に対し、別紙物件目録記載の土地につき所有権移転登記手続をせよ。

三  第二事件被告奥多摩農業協同組合は、第二事件原告に対し、別紙物件目録記載の土地につき東京法務局板橋出張所昭和五四年一二月四日受付第七二〇一九号根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

四  訴訟費用は、第一事件被告に生じた費用は第一事件原告の第二事件原告に生じた費用は、第二事件被告佐久間明、第二事件被告奥多摩農業協同組合の各負担とし、その余は各自の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(第一事件について)

一  請求の趣旨

1 第一事件被告(以下「被告富士自動車交通」という。)は、第一事件原告(以下「原告浅見」という。)に対し、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を明渡せ。

2 訴訟費用は被告富士自動車交通の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告浅見の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告浅見の負担とする。

(第二事件について)

一  請求の趣旨

1 主文第二項、第三項と同旨

2 訴訟費用は第二事件被告ら(以下「被告佐久間」、「被告奥多摩農協」という。)の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 第二事件原告(以下「原告ニュー富士開発」という。)の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告ニュー富士開発の負担とする。

第二当事者の主張

(第一事件について)

一  請求原因

1 原告浅見は、訴外富士タクシー株式会社(以下「富士タクシー」という。)に対し、昭和五二年頃から継続して金員を貸し付けていたものであるが、昭和五四年七月九日、原告浅見の富士タクシーに対する同日現在における右貸付金債権(当時一億円を超えていた。)及び将来の債権を担保するため、原告ニュー富士開発(旧商号柿木商事株式会社)との間で、同原告所有の本件土地について譲渡担保契約を締結し、その所有権を取得した。

2 被告富士自動車交通は本件土地を占有している。

よって、原告は、被告に対し、所有権に基づき本件土地の明渡を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実はいずれも認める。

三  抗弁

(富士タクシーに対する被担保債権の消滅―全部弁済の抗弁)

1 富士タクシーは昭和五四年一〇月三〇日手形不渡を出して倒産し、これ以後、原告浅見との金員の貸借はなくなったものであるところ、右不渡当時の原告浅見の富士タクシーに対する債権額は一億八五〇〇万円であった。

右債務の弁済のため原告ニュー富士開発は、同年一一月二六日、右債権額に一定の金利を加算し、別紙支払手形目録(一)記載の約束手形合計二六通(額面合計二億三〇一六万五〇〇〇円)を原告浅見に交付した。

2 そして同目録(一)記載の一三、一四及び一七、一八の約束手形を除き、すべて支払期日に決済された(但し、同目録(一)記載の一九、二〇の約束手形は現金による買戻の形で決済された。)。

3 同目録(一)記載の一三、一四の約束手形は不渡りとなったところから、原告浅見と原告ニュー富士開発は、右不渡り分合計一七七〇万円の支払について、右総額に八パーセントの金利を付加し、更に金八六七万三〇〇〇円の損害金を加算し、合計二七七八万九〇〇〇円を支払うことで合意し、原告ニュー富士開発は、右のうち一〇〇〇万円を現金で支払い、残額一七七八万九〇〇〇円の弁済のため、別紙支払手形目録(二)記載の約束手形三通を原告浅見に交付した。

そして、同目録(二)記載一、二の約束手形は期日に決済され、同三の約束手形については、期日に決済できなかったところから、書き替えられ、別紙手形目録(三)の五通の約束手形が書替手形として原告浅見に交付されたが、これらの約束手形はすべて期日に決済された。

4 以上のとおり、富士タクシーの原告浅見に対する債務は全額弁済されたので、原告浅見の本件土地についての譲渡担保権は消滅した。

(富士タクシーに対する被担保債権の消滅―一部弁済、残部につき債務免除の抗弁)

1 仮に原告の富士タクシーに対する前記不渡り当時の債権額が一億八五〇〇万円よりも多額であったとしても、昭和五四年一一月二六日、原告浅見は右債権のうち一億八五〇〇万円を超える部分について債務免除する旨の意思表示をなした。

2 原告ニュー富士開発は、前記(全部弁済の抗弁)のとおり、金利を加算し、富士タクシーの原告浅見に対する債務一億八五〇〇万円を弁済した。

3 したがって、富士タクシーの原告に対する債務のうち一億八五〇〇万円が弁済され、残部については債務免除がなされたので、原告の本件土地についての譲渡担保権は消滅した。

四  抗弁に対する認否

(全部弁済の抗弁について)

1  同抗弁1の事実中、富士タクシー倒産当時の原告浅見の債権額が一億八五〇〇万円であったことは否認するが、その余の事実は認める。

右債権額は三億四五七八万五四〇〇円であった。

2  同2、3の事実は認める。

(一部弁済・残部につき債務免除の抗弁について)

同抗弁1、2の事実は認める。

五 再抗弁

1  原告浅見のなした債務免除の意思表示には、原告浅見が富士タクシーに対して有していた債権の一部である一億八五〇〇万円の弁済のため原告ニュー富士開発から交付された別紙支払手形目録(一)記載の各約束手形が、すべて支払期日に滞りなく決済されることという停止条件が附されていた。

2  別紙支払手形目録(一)記載の約束手形のうち、一三、一四の手形が不渡りとなり、また、一七、一八の約束手形についても契約不履行を理由に支払を拒絶され、支払期日には決済されなかった。

3  したがって、右不渡り時点において停止条件は不成就に確定しているものである。

六 再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実は否認する。

2  同2の事実は認める。

(第二事件について)

一  請求原因

1 原告ニュー富士開発は、昭和五〇年五月二〇日本件土地を前所有者訴外鈴木シゲ子から買受けた。

2 被告佐久間は本件土地について、東京法務局板橋出張所昭和五四年七月九日受付第四二〇〇二号所有権移転登記を経由している。

3 被告奥多摩農協は本件土地について、東京法務局板橋出張所昭和五四年一二月四日受付第七二〇一九号根抵当権設定登記を経由している。

よって、原告は所有権に基づき、本件土地について、被告佐久間に対し、抹消に代わる所有権移転登記手続を、被告奥多摩農協に対し、右根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

全部認める。

三  抗弁

(被告佐久間)

1  第一事件の請求原因1に同じ。

2  右譲渡担保契約締結の際、原告浅見と原告ニュー富士開発との間で、登記原因を昭和五四年六月一五日付売買、所有名義人を被告佐久間とすることが合意され、前記所有権移転登記手続がなされた。

(被告奥多摩農協)

1  訴外古里農業協同組合(以下「古里農協」という。)は、同農業協同組合と訴外浅見掌太郎との間の消費貸借契約等金融取引に基づく右掌太郎に対する債権を担保するため、昭和五四年一一月二九日、被告佐久間との間に、本件土地について、被担保債権の極度額九〇〇〇万円とする根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を設定する契約を締結した。

2  古里農協は右設定契約に基づき、昭和五四年一二月四日、本件土地について根抵当権設定登記を経由した。

3  被告奥多摩農協は、昭和五七年四月一日、古里農協と合併し、同農協の根抵当権者たる地位を承継した(昭和五八年三月二九日付けで合併を原因とする根抵当権移転の付記登記経由)。

4  昭和五七年一一月一五日、被告奥多摩農協、被告佐久間の間で、本件根抵当債務者を前記浅見掌太郎から原告浅見に変更することが合意され、昭和五八年三月二九日、右債務者変更の付記登記がなされた。

五 抗弁に対する認否

(被告佐久間の抗弁について)

いずれも認める。

(被告奥多摩農協の抗弁について)

いずれも不知。ただし、主張に係る根抵当権設定登記及び各付記登記の存することは認める。

六 再抗弁、主張

(被告佐久間に対する再抗弁)

1  第一事件の抗弁(全部弁済の抗弁)に同じ。

2  第一事件の抗弁(一部弁済、残部につき債務免除の抗弁)に同じ。

(被告奥多摩農協に対する主張)

1  本件根抵当債務者である浅見掌太郎は、昭和五七年一一月三〇日に死亡し、同人について相続が開始した。

2  浅見掌太郎死亡時における本件根抵当権の被担保債権額は九四九四万五五〇〇円であった。

3  浅見掌太郎の右相続開始後六か月を経過するも民法三九八条の九第二項に定める合意の登記がなされず、本件根抵当権の被担保債権額は、同第四項により右相続開始時における九四九四万五五〇〇円に確定した。

4  原告浅見は、右掌太郎の右債務を相続により承継し、現在までに全額弁済した。

5  本件根抵当権については、被告奥多摩農協主張に係る根抵当債務者を浅見掌太郎から原告浅見へ変更する旨の昭和五八年三月二九日付付記登記が存するが、債務者の変更は根抵当権の被担保債権額の確定の後は許されないものであるから(民法三九八条の四第一項)、右1ないし4のとおり、浅見掌太郎の相続開始時において本件根抵当権の被担保債権額が確定している以上、右債務者の変更は効力を生ずるに由なきものである。

6  以上のとおり、被告奥多摩農協の本件根抵当権は、浅見掌吉の相続開始時において被担保債権額が確定し、かつ、右被担保債権は弁済により消滅したものである。

七 再抗弁に対する認否

(被告佐久間)

1  第一事件の抗弁(全部弁済の抗弁)に対する認否に同じ。

2  第一事件の抗弁(一部弁済、残部につき債務免除の抗弁)に対する認否に同じ。

(被告奥多摩農協)

1  被告奥多摩農協に対する主張1、2の事実は認める。

2  同3の事実中、民法三九八条の九第二項の合意の登記がなされていないことは認める、本件根抵当権の被担保債権額が浅見掌吉の相続開始時において確定したことは否認する。

3  同4の事実は否認する。現在なお弁済継続中である。

4  同5の主張は争う。

被告奥多摩農協は、前記のとおり浅見掌太郎の生前である昭和五七年一一月一五日、被告佐久間との間に債務者変更の合意をなし(被告奥多摩農協の抗弁4)、昭和五八年三月二九日、その旨の登記をなしたもので、右登記は、浅見掌太郎死亡後六か月経過しない間になされたことは明らかで、未だ本件根抵当権の被担保債権確定前になされたものというべきであるから、もとより有効である。被告奥多摩農協と原告浅見は現在も取引継続中であり、被担保債権は確定していない。

八 再々抗弁(被告佐久間)

第一事件の再抗弁に同じ。

九 再々抗弁に対する認否

第一事件の再抗弁に対する認否に同じ。

理由

(第一事件について)

一  請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  全部弁済の抗弁につき、富士タクシーの不渡倒産当時(昭和五四年一〇月三〇日)における、原告浅見の富士タクシーに対する債権額が一億八五〇〇万円であったことを除いて、その余の事実は当事者間に争いがない。

そこで、右債権額について判断するに、《証拠省略》を総合すると、富士タクシーは原告浅見に対する借受金の弁済のため、同原告に対し金利を加算した、富士タクシーあるいは第三者振出しの約束手形を交付していたものであり、右倒産後、富士タクシーの債務整理を依頼された訴外松本進の調査によれば、右倒産時までにおいて、富士タクシーが原告浅見に交付していた約束手形の額面合計は、四億六一二三万七五九二円、うち決済された分が一億一五四五万二一九二円で、差引三億四五七八万五四〇〇円の約束手形金が未決済であったこと、右未決済分については右加算された未経過の利息金が含まれており、この利息金を控除した残元本債務については、富士タクシーの経理課長であった訴外名取某の右松本に対する報告によれば、右利息金の利率は月三分ないし五・五分、残元本債務は一億九八六三万一一〇九円ということであったが、同訴外人は原告浅見よりの借受金の金利についてはこれを簿外扱いとして処理していたため、右報告には帳簿等の客観的な裏付けがなく、その後、同訴外人が所在不明となったことから、右金額の真偽については、結局、確認されていないこと、右松本は、ともかくも、右名取の報告に係る金額をもとに、原告浅見と富士タクシーの債務処理について交渉したが、当時、同原告は、利息金の利率は月一分ないし三分程度であり、また、前記金額以上に富士タクシーより未決済の約束手形の交付を受けており、残元本債務は右一億九八六三万一一〇九円より当然多額である(この点、原告浅見本人は、二億六〇〇〇万円前後であった旨供述するが、本件証拠上、これを裏付ける客観的資料はない。)と主張し、債務額について相互の確認はできなかったこと、しかし、原告浅見において、早期解決を欲していたことと、富士タクシーの再建を支援するとの趣旨から、右一億九八六三万一一〇九円の支払を受ければ、残余の債務は免除するということで、富士タクシーとの間の債権債務関係の決済に応ずることとなり、原告ニュー富士開発は、富士タクシーの関連会社あるいは担保提供者として、右金員を原告浅見に支払うこととし、その趣旨で、右金額に月一分強の金利をアドオン方式により加算した額面合計二億三〇一六万五〇〇〇円の約束手形二六通(別紙支払手形目録(一)記載の約束手形)を、原告浅見に前記のとおり交付していること(全部弁済の抗弁1記載のとおり、このことは当事者間に争いがない。なお、右記載によれば、右約束手形二六通は一億八五〇〇万円に金利を加算した額面金額となっているが、前掲証拠によれば、右一億八五〇〇万円は一億九八六三万一一〇九円が正しく、その意味では、右抗弁の主張は誤りである。)が認められる。

原告浅見は、その本人尋問の結果において、原告浅見が前記約束手形二六通の交付を受けたのは、富士タクシーが原告浅見に交付した前記約束手形の額面合計四億六一二三万七五九二円の概ね二分の一にあたる二億三〇一六万五〇〇〇円の支払を受け、残余は免除するということで、富士タクシーとの間の債権債務の決済に応ずることとし、その支払のため交付を受けたものである旨供述するが、前記のとおり右四億六一二三万七五九二円の約束手形については一億円余りが既に決済されており、このことを考慮せずにもとの振出金額の二分の一ということで話合をするということはいかにも不自然であり、《証拠省略》に照らしても右供述は信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、前記倒産時における、原告浅見の富士タクシーに対する債権額については、結局不明といわざるを得ないが、少くとも一億九八六三万一一〇九円の範囲では原告浅見、富士タクシー双方に了解があったものと認められること、残余については免除するということで債権債務関係を処理していること及び《証拠省略》の趣旨に照らし、右倒産時における原告浅見の債権額は一億九八六三万一一〇九円よりは多かったものと認めるのが相当である(なお、原告浅見は、右債権額は三億四五七八万五四〇〇円である旨主張するが、右主張は前記未決済分の約束手形金をそのまま債権額として主張するものであり、右金額には、前記のとおり原告浅見の主張によっても月一分ないし三分の未経過利息を含むというのであるから、この金額がそのまま倒産時における原告浅見の債権額にならないことは明らかであり、右主張は失当である。)。

したがって、右倒産時において一億八五〇〇万円(正しくは一億九八六三万一一〇九円)しか債務がなかったことを前提とする被告富士自動車交通の全部弁済の抗弁は理由がない。

三  一部弁済、残部について債務免除の抗弁事実は当事者間に争いがない(なお、債務免除のなされた経過は前記二認定のとおりであり、一部弁済金については一億九八六三万一一〇九円が正しい。)。

四  再抗弁2の事実は当事者間に争いがなく、原告浅見は、同原告のなした債務免除の意思表示には、原告ニュー富士開発より交付を受けた約束手形二六通が支払期日にすべて滞りなく決済されることという停止条件がついていたところ、右のとおり約束手形が不渡りとなったので停止条件は不成就に確定した旨主張し、《証拠省略》中には右主張に添う供述が存する。

しかしながら、右約束手形二六通を交付した際に作成されたものと認められる乙一号証には、「富士タクシーに対する一切の債権の弁済金として右約束手形を受け取った、本件土地は右約束手形が決済された時点で戻す」旨の記載があるだけで、右停止条件の記載のないこと(この点、原告浅見は、本人尋問の結果において、右記載はみていない旨供述するが、経験則に照らし信用できない。)、支払手形目録(一)の一三、一四の約束手形の不渡りについては、《証拠省略》によれば、その支払に関し、全部弁済の抗弁3記載のとおり、金利及び損害金名目で相当額の金額を加算して支払うことで合意が成立し、その際、右折衝にあたった訴外松本進名義で差入証と題する書面が作成され、原告浅見においてその内容を確認しているが、右書面には、新たに交付した約束手形(支払手形目録(二)記載の約束手形)が全額決済された時点で本件土地を当初約定どおり戻す旨記載されているが、格別前記停止条件について述べた記載のないこと、支払手形目録(一)の一七、一八の約束手形の支払拒絶については、《証拠省略》によれば、本件土地の返還について、原告浅見と原告ニュー富士開発の間で紛争が生じ、そのため、一時支払拒絶をしたものの、支払期日の翌日か翌々日ごろ現金を支払って解決していること、そもそも前記認定のとおり、富士タクシー倒産時における原告浅見の正確な債権額は必ずしも明らかでなく、前記のような停止条件を付することにさしたる意味があるとも思われないこと、原告浅見と富士タクシーの間の債務処理の問題を現実に担当した証人松本進は、「第一回目の和解契約の時(注、乙一号証作成時点のことを指すものと推測される。)に契約が履行できなければ元に戻すという話もありました。和解条件のとおりいかなかった時は元の金額で払ってもらうよということは話としては出たように思います。不履行のときは元へ戻すよということは言いました。私はこれでもう終った……、もし不渡りが出たとしても勘弁してもらいたいということでした。」と供述しており、右供述は、要するに元へ戻す云々の話は原告浅見側の希望に過ぎなかったことを意味するものと認められ、したがって、乙一号証にもその趣旨の記載がないものと認められること、以上の事実関係に照らすと、前記停止条件が存した旨の《証拠省略》は容易に信用できず、他に右停止条件の存したことを認めるに足りる証拠はない。

五  以上のとおり、原告浅見の本訴請求は結局理由がない。

(第二事件について)

一  請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  被告佐久間の抗弁事実は当事者間に争いがない。被告佐久間に対する再抗弁、同被告の再々抗弁に対する判断は、第一事件における抗弁、再抗弁についての判断に同じである。

したがって、原告ニュー富士開発の被告佐久間に対する本訴請求は理由がある。

三  被告奥多摩農協の抗弁事実中、本件土地について同被告主張の根抵当権設定登記、各付記登記の存することは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、その余の被告奥多摩農協の抗弁事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

そこで、以下、右抗弁に対する原告ニュー富士開発の主張について検討する。

本件根抵当債務者である浅見掌太郎が昭和五七年一一月三〇日死亡し、同人について相続が開始したこと、右掌太郎死亡時における本件根抵当権の被担保債権額が九四九四万五五〇〇円であったこと、右掌太郎の相続開始後六か月を経過するも民法三九八条の九第二項に定める合意の登記がなされなかったことは当事者間に争いがない。

原告ニュー富士開発は、相続開始後六か月経過するも、右合意の登記がなされなかったから、本件根抵当権の被担保債権額は民法三九八条の九第四項により相続開始の時に確定したものであり、確定の後は債務者の変更は許されないから(民法三九八条の四)、被告奥多摩農協のなした浅見掌太郎から原告浅見への債務者の変更は効力がない旨主張し、被告奥多摩農協は、債務者変更についての被告佐久間(実質は原告浅見)との合意は、浅見掌太郎の生前である昭和五七年一一月一五日であり、また、右変更の付記登記は、右掌太郎の相続開始後六か月内である昭和五八年三月二九日になしているものであり、右六か月内は、本件根抵当権の元本は確定しているとはいえないから債務者変更は自由であり、右変更は有効である旨主張する。

根抵当権における債務者の変更は、元本の確定前にのみなすことができ、かつ元本確定前における登記を要件とするものであり(民法三九八条の四第一項、第三項)、元本確定前に変更の合意をしていても、元本の確定前にその旨の登記をしない限り効力を生じ得ないものである。したがって、被告奥多摩農協のなした債務者の変更が効力を有するか否かは、右変更の登記のなされた昭和五八年三月二九日の時点において、本件根抵当権の被担保債権額が確定していたか否かによって決せられるべき事柄にほかならない。他方、根抵当債務者に相続が開始した場合、相続開始後六か月以内に民法三九八条の九第二項の合意の登記がなされないと根抵当権の被担保債権額は相続開始時において確定したものとみなされる(同第四項)。本件においては、前認定のとおり浅見掌太郎は昭和五七年一一月三〇日死亡して相続が開始し、その後六か月内に右合意の登記がなされていないのであるから、相続開始時である昭和五七年一一月三〇日に本件根抵当権の被担保債権額は確定したものとみなされ、被告奥多摩農協のなした債務者変更の登記は、昭和五八年三月二九日であって、結局のところ右確定後になされたことになり、債務者変更の効力は生じないものというべきである(もっとも、民法三九八条の九第四項は、確定したものとみなすと規定しており、合意の登記が六か月内になされない場合に確定を擬制するものであり、この六か月間は、被担保債権は確定していないと解する余地もあるが、このように解し得るとしても、三九八条の四の債務者変更の合意と三九八条の九第二項の合意が共になされた場合、いずれの合意が優先するとすべきか等という問題が生ずるのを回避する意味でも、債務者について相続が開始した場合は、三九八条の九第二項の合意がなされるまでは、三九八条の四の債務者変更に関する合意はなし得ないものと解するのが相当である。)。

したがって、本件根抵当権の被担保債権は浅見掌太郎死亡時の昭和五七年一一月三〇日確定し、その金額は前記のとおり九四九四万五五〇〇円であるところ、《証拠省略》によれば、右被担保債権は、右掌太郎を相続した原告浅見により全額弁済されていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

したがって、本件根抵当権は浅見掌太郎の死亡に伴い確定し、右確定した被担保債権は弁済により消滅したので、本件根抵当権も消滅したものであり、原告ニュー富士開発の被告奥多摩農協に対する本訴請求も理由がある。

(結論)

よって、第一事件について原告の請求は理由がないからこれを棄却し、第二事件について原告の請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小田泰機)

<以下省略>

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